Kaminzimmer

1938年3月29日~30日。
ピナコテークのそばにある第3帝国様式の建物でミュンヘン会議が行われました。

この建物の2階でイギリス、フランス、イタリアの首相が集まり、ドイツはチェコのズデーデン地方をもらう代わりにこれ以上侵攻するのをやめるという約束をしたのでした。そして翌年その約束を反故にして1939年9月1日ポーランドに侵攻。ここに第2次世界大戦が勃発しました。


20170518035420b93.jpg

バルコニーの真ん中の窓のある部屋がミュンヘン会議の行われた部屋。



20170518035126454.jpg

現在はハーケンクロイツのついたナチスの鷲は外され、音楽大学になっています。



20170518035127598.jpg

建物の中は外から想像するよりずっと立派です。
真ん中にある大理石の階段を上がって2階へ…



201705180351275cd.jpg

そしてこの部屋がKaminzimmer(暖炉の部屋)。
この部屋に4国の首脳が集まり、話し合いがなされました。



20170518035130fc8.jpg

ここで生徒たちがピアノのレッスンを受けたり、講義を聴いたりしているわけですが…
ピアノの後ろの暖炉… この暖炉から暖炉の部屋と言われていたのですね。

いつもツーリストの皆さんにこの辺りを通るとこういう説明をするのですが、
あらためて中に入ってみると感慨深いものがありました…


注意: 大学ですので、観光目的で入ることはできません。



ドイツの素敵な場所にご案内いたします!
↓    ↓    ↓    ↓
アウグスブルグ ガイド&通訳サービス



↓クリックしてくれたら、嬉しいです!
にほんブログ村 旅行ブログ ドイツ旅行へ
にほんブログ村


↓拍手もついでにお願いしますっ!!
スポンサーサイト

2017/05/25 07:54 [edit]

category: ナチス

thread: ドイツ旅行 - janre: 旅行

tb: --   cm: 2

コメント

歴史的にとっても有名な場所が、音楽大学になってる事が、ビックリです。
色々な意味で、非常に重みを感じる建物ですね。

イギリスに長く住んでいると、やはり第二次世界大戦の傷は、大きいな〜ってよく感じますよ。
日本は直接ヨーロッパを攻撃しなかったけど、20数年前に出会ったご老人は、日本がイギリスを裏切って、ドイツについたと話して来ました。
また、ある英兵のご家族は、日本兵の残した日記を、大事にしてました。
半分は憎しみ、残り半分は、この日本兵も歴史の犠牲だったという憐れみ。
そして未だ強く持つ日本とドイツという国に対する不信感。
日本人として、考えさせられますよ。

URL | Coco #SMRuIIQ2 | 2017/05/26 04:32 | edit

こんばんは。いつもコメントをありがとうございます。
そしていつもお返事が遅くてごめんなさい。

ミュンヘンにはこういう場所がいくつかあります。
華やかな宮廷文化だけではなく、両方を見ていただいて初めてミュンヘンを見たといえるのではという風にいつも感じています。

ドイツ人と戦時中の日本との関係について話したことはありませんが、皆さんその当時の特にヒトラーについての話はあまりしたくないのかなと思うことがたまにあります。

それぞれの国でそれぞれ人々の思いがある訳ですね…

URL | Ms.R #- | 2017/05/28 02:56 | edit

コメントの投稿

Secret

プロフィール

このブログの訪問者

最新記事

リンク

カテゴリ

月別アーカイブ

フリーエリア

最新コメント

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

▲Page top